伊藤廣利 略歴
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3月31日、中国(旧関東州)に生まれる。
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大連より愛媛県今治市に引き揚げる。
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愛媛県立今治南高等学校に入学。美術を教わった恩師、高階重紀氏に芸大工芸科(金工)への進学を勧められる。
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東京藝術大学美術学部工芸科(金工)に入学して鍛金と出会う。
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東京藝術大学美術学部安宅賞受賞
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東京藝術大学美術学部工芸科鍛金部卒業。
卒業制作《地の魔よけ》買い上げ。
行動展彫刻部初入選(72年まで毎年出品)。
第6回日展《風の塔》初入選(以後毎年出品)。
昭和第一工業高等学校非常勤講師(工芸)となる。(69年まで) -
第3回日本現代工芸美術展に《庭園のための置物》が初入選(以後毎年出品)。
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東京藝術大学大学院美術研究科鍛金専攻修了。修了作品《壁》。サロン・ド・プランタン賞を受賞。
4月より東京藝術大学美術学部鍛金研究室副手となる。
鈴木治平氏と夢土画廊にて2人展開催。
行動展で会友に推挙。 -
第4回日本現代工芸美術展に《屋根庭園の為の置物》を出品、特賞、読売新聞社賞を受賞。
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東京藝術大学美術学部鍛金研究室非常勤講師となる。
日本現代工芸美術展で会員に推挙される。 -
改組第1回日展に《ねそべるフラッパー》を出品。特選受賞。
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日本現代工芸美術展審査員となる。
日展無鑑査。 -
メタルアート5人展(壱番館画廊)。
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埼玉県展(以後毎年招待出品)。
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埼玉県狭山市に鍛金工房アトリエ・スミスを開設。
日本現代工芸美術展審査員となる。
埼玉県展審査員。 -
埼玉県展運営委員。
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第15回日本現代工芸美術展に《盤》を出品。
会員賞、文部大臣賞を受賞。
第8回日展に《盤》を出品。特選受賞。
埼玉県展運営委員。現代彫金鍛金美術展出品(大阪)。 -
アトリエ・スミス展(銀座松屋クラフトギャラリー)。
新宿紀伊国屋画廊で個展(79年、81年にも開催)。
愛媛県今治大丸デパートで個展を開催。
日展無鑑査。多摩美術大学立体デザイン科非常勤講師となる。(81年まで) -
東京藝術大学美術学部工芸科(鍛金)常勤助手となる。
日展(以後毎年出品委嘱)。 -
堀口光彦氏と銀座、フォルム画廊で2人展を開催(88年まで毎年、第10回展で終了)。
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第1回葛城工芸美術展(以後毎年出品)。
東京、椿山荘でヤマハ工芸展、に出品(以後毎年出品)。 -
東京藝術大学大学院美術研究科美術教育講師となる。
埼玉県展審査員。 -
埼玉県展運営委員となる(以後91年まで毎年)。
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教科用図書検定調査審議会調査員となる
(87年3月まで)。 -
北京中央美術学校にて「工芸教育の変遷木目金について」講演。
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東京藝術大学大学院美術研究科美術教育助教授となる。
日本金属美術作品展88,北京中国美術館/上海美術家画廊。
埼玉県展審査員(以後91年まで毎年)。 -
墨田区民大学夏期・秋期美術講座講師(~93年まで)。
台東区芸術・歴史協会芸術講座講師(~93年まで)。 -
フォルム画廊で個展(以後毎年開催)。
平成天皇即位式の為の作品「洲浜」共同制作(仕上げ担当)。
埼玉県文化団体連合会第24回文化奨励賞を受賞。
日光東照宮オランダ灯篭研究模刻制作及び監修(~91年まで) -
日本現代工芸美術家協会ドイツ巡回展。
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日本テレビ「美の世界」出演。
佐野市駅前モニュメント《おしどり》を制作(三井安蘇夫氏監修)。 -
東京藝術大学美術教育研究会発足に尽力する。
府中生涯学習センターにて「日本の文化金属工芸の視点で」講演。
韓国淑明女子大学にて「日本の金属工芸」講演。 -
研究論文「『素材の云い分』-木目金制作を通して-」が美術教育研究会会誌『美術教育研究』創刊号に掲載。
日展新審査員となる。 -
日展会員となる。
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東京藝術大学大学院美術研究科美術教育教授となる。
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12月12日永眠。
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ご遺族のご厚意により東京藝術大学に伊藤廣利奨学金が設立。
主なパブリックコレクション
東京藝術大学、今治市立城山美術館、住友ビル、狭山市、佐野市、広島市立大学、他。